亭戯譚

文の保管庫

呉幹夫

呉もはじめは心優しい男であった。でないなら、探偵業などするはずもない。実際、ほかの嫌がる雑務みたいな仕事も、歓んで引き受けていたのが呉だった。 呉を知る人間のほとんどから、嫌味もなく「先生」と呼ばれていたから、この辺りで先生と呼ばれるものが…

ベツドの上で眠る時には

ベツドの上で 眠る時には 電気と共に 個性も消して 仮面の下の 醜い顔を 撫で回しつつ 布団の温さ。 私たちには 顔がないので 化粧と共に 夢を落として 一つ残った 形見のような 精神を食むる 下品な灯。 濡らした枕に 謝らなけりゃ 涙と共に 声も枯らして …

詩-2「浜辺の月」

浜辺の月は寄る辺なく いつも何処かが欠けている 僕はそれに腰かけたく 白黒の砂の上に立つ 蒼黒い海の白波からは 細長い腕が飛び出すようで それに引き摺り込まれまいと 僕は両足を踏んじ張る 浜辺の月は青白く いつもにこにこ笑っている 僕はといえば夜闇…

詩-1「死ぬことなんてこわくはないさ」

死ぬことなんてこわくはないさ ただ、ただ、 ……とても寂しいのだ 笑顔になんてなれなくなるのが いつかは忘れてしまうのが だから我らは笑うのだ 明日死んだっていいように いわれなどない寂しさの音を うるさい声でかき消すため だから我らは愛するのだ こ…

短詩-1「星月夜」

冷たい屋根から飛んだ男や首括って吊るうた女が最期に見た星月夜はきっと綺麗だったろう

口語日記-1

本日は陰鬱な気持ちに御座います。睡眠不足や寒さが原因だと、世間では申されておりますが、いやちっとも、昨日は十何時間と寝ましたし、この部屋も別段寒くないのでありますから、この陰鬱こそが俺の本質だと言うのを、嫌々見せつけられている気分でありま…